根管治療
根管充填材「ガッタパーチャ」って何?
さて、いきなりの質問で恐縮ですが、ゴルフボールの外側は何で作られているかご存知ですか?
答えは、ガッタパーチャという天然ゴムです。
このガッタパーチャ、ゴルフボールに限らず、かつては電線のカバーにも使われていましたし、そして今も昔も歯科医療に使われているんです。
天然ゴムを歯科医療の何に使うのか、不思議に思う方もいらっしゃるかもしれませんね。どこで使用するのかというと、根管治療の最終段階である根管充填(こんかんじゅうてん)という処置に使います。根管治療については、各種コラムでも詳しく解説しておりますので、併せてご参照ください。
このため、現在でのガッタパーチャの用途は、ゴルフボールと歯科材料がほとんどを占めています。今回は、そんな歯科治療に欠かすことのできない、ガッタパーチャについてご紹介します。
ガッタパーチャって?
ガッタパーチャの語源
ガッタパーチャとは聞きなれない言葉ですよね。歯科医師を志す人にとっても、歯学部に入るまでは聞いたことのない言葉ですから、ご存知ないのも無理はありません。
戦前の日本の医学はドイツ、戦後はアメリカからの影響を色濃く受けていますが、ガッタパーチャは、英語でもドイツ語でもありませんし、もちろん、日本語でもありません。
ガッタパーチャは、マレー語の言葉です。マレー語でゴムの木を意味する言葉が、ガッタパーチャなのです。さらに細かく言うと、ガッタパーチャ(gutta percha)は英語読みで、現地ではグッタペルカと読むようです。
マレーシアのゴムの木から採取された樹脂から製造されるため、ガッタパーチャと呼ばれます。
ガッタパーチャの歴史
さて、そんなガッタパーチャはいつ頃から歯科治療に使われるようになったと思いますか?
驚かれるかもしれませんが、その歴史は1850年頃にまで遡ります。170年以上の歴史があるんですね。
1843年、軍医のウィリアム・モンゴメリーがガッタパーチャを学会で発表し、商品化を積極的に進めます。そして1856年にワット(Watt)という人物が、マレーシアで昔から利用されているグッタペルカの乳汁を生成したものを、初めて根管充填剤として使用し始めました。
ガッタパーチャには硬くなりやすいという欠点があり、それを改善するために酸化亜鉛を配合したものが、現在に至るまで根管充填剤として使用されています。
ガッタパーチャの成分
根管充填剤として使用されるガッタパーチャは、ガッタパーチャポイントと呼ばれています。その成分は、上述のとおり、ガッタパーチャに加え、酸化亜鉛などが配合されています。
現在の配合割合では、ガッタパーチャが2割、酸化亜鉛が7割くらいなので、ガッタパーチャが含まれる割合は、極端に高いわけではありません。
ガッタパーチャのメリット
170年以上にわたって、根管充填剤にガッタパーチャが使われているのには理由があります。早速そのメリットをお伝えしたいところですが、まずは根管充填剤の条件を押さえておきましょう。
根管充填剤の条件
実はガッタパーチャに限らず、根管充填剤として使う歯科材料には、一定の条件を満たすことが求められます。具体的には、
- 膨張収縮しないこと
- 腐敗しないこと
- 歯を刺激しないこと
- 根管を完全に閉鎖できること
- 歯を着色しないこと
- 無菌であること
- レントゲンに写ること
- 生体親和性が高いこと
- 除去しやすいこと
- 持続的殺菌力があること
などです。このように挙げてみると、なかなかシビアな条件であると分かりますね。
なぜガッタパーチャは優れているのか
さて、では本題のガッタパーチャのメリットについてです。まずガッタパーチャポイントのメリットとして挙げられるのが、生体親和性の高さです。
「生体親和性が高い」と表現すると難しく聞こえるかもしれませんが、分かりやすく言えば、身体に馴染む、肉体に優しいということです。人間の体は、異物に対して拒絶反応を起こすことがありますが、生体親和性が高ければ、拒絶反応も起きにくくなります。
ガッタパーチャに対して身体がアレルギー反応を示すことはまずありませんし、炎症反応が生じることもありません。また、腐敗することもありませんし、溶け出すこともありません。熱を加えるとやわらかくなるので、治療の際の使い勝手も良好です。
シーラーというセメントと組み合わせると、根管の封鎖性にも優れており、除去も比較的容易です。さらに低コストと、ガッタパーチャはメリットの多い根管充填剤なのです。
ガッタパーチャのデメリット
ガッタパーチャにメリットが多いことはお分かりいただけたと思いますが、デメリットがないわけではありません。ガッタパーチャは根管充填剤として求められる条件のほとんどをクリアしているのですが、一つ足りないものがあります。
それは持続的な殺菌作用や消毒作用です。ただ、ガッタパーチャのデメリットは、この殺菌力がないという点くらいです。
先ほど挙げた条件を、全て満たした根管充填剤は今のところありません。そう考えると、ガッタパーチャはとても優れた根管充填剤と言って良いでしょう。
「ガッタパーチャを上回る特長を持つ根管充填剤はまだない」とも言えますので、170年以上にわたって使われ続けるのも納得できるのではないでしょうか。
ガッタパーチャ以外の根管充填剤
「ガッタパーチャを上回る特長を持つ根管充填剤はまだない」とお伝えしましたが、ガッタパーチャ以外の根管充填剤が一切ないというわけではありません。以下でご紹介しましょう。
水酸化カルシウム製剤
水酸化カルシウム製剤は、1920年代から使用されている根管治療薬で、根管充填剤としても使用されます。
水酸化カルシウムはアルカリ性で、持続的な殺菌・消毒作用があります。また、生体親和性も高いので、歯や歯周組織への炎症を起こしにくく、安全に使えるのもメリットです。
水酸化カルシウム製剤のほとんどは、ペースト状に作られており、シリンジから直接根管内に注入しますが、粉と液体を混ぜ合わせるタイプもあります。
ただ、どのタイプの水酸化カルシウム製剤も、時間の経過とともに少しずつ吸収されてしまうので、長期的には根管から消失してしまうというデメリットがあります。
MTA(Mineral Trioxide Aggregate)セメント
MTA(Mineral Trioxide Aggregate)セメントは、歯と同様のケイ酸カルシウムを主成分とした水硬性(水との化学反応によって硬化する)の根管充填剤です。根管充填の直前に粉と液を混ぜ合わせるタイプや、ペースト状でシリンジから直接根管に入れるタイプがあります。
根管治療の種類のコラムでも解説したとおり、根管治療では抜髄(ばつずい)、いわゆる「神経を抜く」処置を行います。しかし、抜髄をした歯は失活歯(しっかつし:歯の神経が反応しなくなった歯)となるため、脆くなったり、虫歯になりやすくなるなどの弊害もあります。
虫歯が進行し、歯髄(しずい)にまで達した場合は、どうしても抜髄することが多くなりますが、そんな時、まだ神経が活性化していれば、虫歯が進んでしまった部分だけを取り除き、MTAセメントで封鎖することで、神経を可能な限り残す治療が可能になるのです。これを歯髄保存療法といいます(ただし、全ての虫歯に適用できるわけではありません)。
MTAセメントは歯への接着力が強く、固まる際に少し膨張するので、ガッタパーチャ以上に根管を緊密に封鎖することができます。さらに、歯や顎の骨への再生促進作用や、強アルカリ性による殺菌作用も備わっています。
優れた特性を持つMTAセメントですが、問題はコストです。MTAセメントは非常に高額で、保険診療での根管治療に用いることはできず、自費診療となります。
歯科治療への関心を持っていただくきっかけに
今回は、長年にわたり根管充填剤として使用されてきたガッタパーチャについてお話ししました。多少トリビア的な内容もあったかと思いますが、歯科医院で行う各種治療へのご興味を、少しでも持っていただけたら嬉しく思います。
お伝えしたように、殺菌作用を持つMTAセメントなど、ガッタパーチャ以外の根管充填材や新たな治療法も登場しています。ただ、それでもガッタパーチャを完全に置き換えるほどのものはなく、これからも、当分ガッタパーチャは使われ続けることになりそうです。
歯科医院では、口腔内で大切な歯に対して処置を行うため、丁寧な治療が何よりも大切です。特に今回のテーマであるガッタパーチャも用いられる根管治療は、精密さが要求される治療です。ポラリス歯科・矯正歯科では、患者さんの歯の状態をしっかりと把握したうえで、マイクロスコープを用いた精緻な治療を行っておりますので、安心してご相談ください。