入れ歯
総入れ歯について
前回は部分入れ歯について、部分入れ歯の種類と特徴のコラムで解説しましたので、今回は総入れ歯についてお話ししましょう。総入れ歯は、歯が1本も残っていない時に、失った歯の代わりをする入れ歯です。
前回も触れましたが、入れ歯は部分入れ歯(部分床義歯:ぶぶんしょうぎし)と総入れ歯(総義歯:そうぎし)の2種類があり、今回お話しする総入れ歯にも、保険適用で作る入れ歯と、自費で作る入れ歯があります。
保険適用の総入れ歯
総入れ歯も部分入れ歯も、材質や構造に大きな違いはありません。ただし、部分入れ歯と違い、総入れ歯は口の中にすっぽり収まる形状になりますので、別の歯に入れ歯を固定する留め金具やバーなどは基本的にありません。
保険適用の総入れ歯の材質と構造
上でご説明したように、総入れ歯も、部分入れ歯と材質や構造に大きな違いはないので、ここは前回の復習も兼ねて、軽く箇条書きで触れるだけにとどめましょう。詳しく知りたい方は、部分入れ歯の種類と特徴のコラムをご参照ください。
まず総入れ歯は、床(しょう)と呼ばれる赤い土台、人工の歯から構成されています。
床(しょう)
- 材料はアクリルレジン、スルフォン樹脂などのプラスチックです。ピンク色で歯茎に似せるように作ります。
- アクリルレジンは見た目の違和感はないのですが、厚みの違和感は若干あります。
- スルフォン樹脂は壊れにくく、薄く加工できる長所がありますが、修理は難しいのが難点です。
人口の歯
- 素材としては、アクリルレジン、硬質レジン、陶歯(とうし:陶材、セラミック系材料)の3種類になります。色は自然な白色で、実際の歯に似せて作ります。
- 噛み合わせの調整のしやすさを考え、アクリルレジン、硬質レジンが候補に挙がりますが、最近は硬質レジンを使用するケースが多くなりました。アクリルレジンは、歯がかなり小さくなる時に用いられます。
- 陶歯は上記の2つよりも硬くて変色せず、色合いや透明度も自然の歯に近いため、審美性を重視したい方に向いています。
保険適用の総入れ歯の特徴
特徴についても、保険適用の部分入れ歯と同様です。価格については、総入れ歯のため若干高くなりますが、それでも3,000円~20,000円程度と、極端に高額ではありません。
メリット
- 適用範囲が広く、ほとんどのケースに使用が可能です。
- 特定の素材のもの以外、破損したり、合わなくなった時の修理がしやすいのも利点です。
デメリット
- 入れ歯を作った後、6ヶ月間は作り直しができません(6ヶ月ルール)。
- 床の厚さに違和感を覚えたり、温度や味を感じづらくなることがあります。
- 床がプラスチックのため、自費適用の総入れ歯に比べると強度は弱く、変色したり、臭いもつきやすいという短所もあります。
日々のお手入れ
日々のメンテナンス方法も、部分入れ歯と変わりません。こちらも列挙しておきましょう。
- 毎食後、しっかり洗浄しましょう。入れ歯用の歯磨き粉やクリーナーを併用すると、汚れが落ちやすくなります。
- お手入れしにくい時は、専用の液体や錠剤で消毒します。
- 乾燥を防ぐために、外した後は水中で保管してください。
- 歯科医院で定期的に入れ歯の状態をチェックし、調整を行うことを忘れないようにしましょう。
自費適用の総入れ歯
金属床義歯(きんぞくしょうぎし)、メタルデンチャー
上述のとおり、保険適用の総入れ歯はプラスチック製の床でできているため、厚みがあり、温度が伝わりづらいというデメリットがあります。
床を金属製とし、厚さをより薄く、温度を感じやすくしたものが金属床義歯です。汚れも付きにくく、強度もあります。素材は、金合金、チタニウム合金、コバルトクロム合金などから選ばれます。この中ではコバルトクロムが安価ですが、金属アレルギーのある方には使用できません。金やチタニウム合金は金属アレルギーの心配は少ないのですが、価格は若干高くなります。費用は総じて20万円~80万円程度です。
インプラント
骨にインプラントを埋め、総入れ歯をインプラントに固定して安定させる方式です。こうすると、入れ歯だけの状態よりも外れにくく、噛む力も強くなります。また、全てをインプラントの歯で治すより、費用も抑えられます。ただ、インプラントが顎の骨の中で安定するまで、4ヶ月ほどかかります。費用は30万円~150万円程度です。
インプラントにつきましては、診療紹介のインプラントページで詳しくご説明しておりますので、併せてご参照ください。
総入れ歯と口の筋肉の関係
ここまで総入れ歯の種類や特徴についてお話ししてきました。冒頭でもお伝えしたように、部分入れ歯と比べ、材質や構造、メンテナンス方法などにそれほど差はないのがお分かりいただけたかと思います。
ただ、総入れ歯は部分入れ歯とは異なり、顎堤(がくてい:歯がない状態の歯肉。歯槽堤とも言います)を全体的に覆うように装着しますので、特有の注意すべきポイントがあります。
お口周りの筋肉の使い方が大切
総入れ歯は顎堤にきちんと密着し、そして顔の筋肉と調和すると安定します。総入れ歯は顎堤の上に乗っかっているだけですから、顎堤や顎の骨格にフィットしたバランスをお口の中で保てるかが、総入れ歯が安定するポイントになるのです。 このバランスの最適化のためには、お口周りの筋肉の動かし方が重要になってきます。
総入れ歯にすることで、口唇に厚みが出たり、口角が上がったり、顔の印象が変わる方がいますが、これは総入れ歯にすると、口の周りにある筋肉の使い方が変化するためです。 以前使っていた筋肉を使わなくなったり、反対によく使うようになる箇所が出てくるなど、筋肉の動き方が異なってきます。
ですから、総入れ歯を作っている間や、装着し始めの頃は、お口の筋肉を鍛えたり、ストレッチを行って、総入れ歯が安定するように心がけると効果的です。 口周りの筋トレ・ストレッチは、顔のハリやシワ改善にも良い影響を与えてくれます。
お口の筋トレ・ストレッチ
お口のストレッチとは、お口や舌の筋肉を伸ばしたり緩めたりすることで、お口の機能の維持・改善を行う運動です。口唇や頬、舌、顎などを動かす様々な方法があります。
例えば、口唇を前に突き出したり、膨らませたりすることで、口唇の筋肉を伸ばすようにします。また、舌を上下左右に動かしたり、出し入れしたりして、舌の筋肉を動かします。お口のストレッチは、食事の前や歯磨きの後などに行うのがおすすめです。
お口の筋トレ・ストレッチの効果
お口の筋トレ・ストレッチを行うと、血流が促進され、唾液の分泌量が増えます。すると、お口の中が潤うので、総入れ歯が安定します。また、口の中の感覚も整ってきますから、食ベものの味や温度もきちんと感じられるようになってきます。
また、ご年配の方は誤嚥(ごえん:食物等が誤って気管に入ってしまうこと)に注意する必要がありますが、お口周りの筋肉や舌がきちんと動くようになると、噛む力や飲み込む力が向上し、嚥下(えんげ:食物を咀嚼して飲み込むこと )がスムーズになってくるのもメリットでしょう。
お口周りの筋力が増えれば、総入れ歯の安定につながるのはもちろん、発音もはっきりしてきますし、表情筋も鍛えられるので、お顔の表情も豊かになります。
加えて、鼻呼吸を心掛けてみてください。口呼吸から鼻呼吸に切り替えると、お口の乾燥を防いでくれますし、口内の空気の流れもスムーズになり、これもまた総入れ歯の安定に効果的です。
パタカラ
最も広く行われている方法にパタカラというものがあります。パタカラとは、「パ」「タ」「カ」「ラ」の各語を、連続させたり、組み合わせたりして発音し、お口や舌を動かすことで、嚥下の機能を維持・向上させる体操です。実際に「パ」「タ」「カ」「ラ」と発音してみると、しっかりと口の筋肉が動いているのを感じられると思います。
4つの音には、それぞれ発音するのに使う筋肉があります。パタカラには、「単音の発音」「連続の発音」「文の発音」があり、単音の発音が一番簡単で、連続の発音が一番難しいのですが、まずはやりやすいものから取り組めば良いでしょう。詳しくはこちらのページで詳しく解説されていますので、ご参照ください。
総入れ歯を安定させるポイント
お口周りの筋肉の使い方を述べてきましたが、総入れ歯を安定させるには、他にも注意していただきたいポイントがあります。
口内の保湿
お口の中をしっかり保湿しましょう。お口の中が乾燥していると、入れ歯が顎に吸着しにくくなります。唾液腺を刺激するマッサージを行ったり、口腔ジェル・口腔保湿剤の使い方のコラムでも解説した、保湿ジェルを使ったりするのがおすすめです。
なるべく奥歯で噛む
食事はなるべく奥歯で噛むようにしましょう。前歯だけで食べ物を噛む癖があると、シーソーのように入れ歯の奥歯側が浮き上がってしまいます。入れ歯は、奥歯でしっかり噛み合わせることで安定するように作られています。
入れ歯安定剤は歯科医院の判断を
入れ歯安定剤の使用は、歯科医院でご相談後にしましょう。入れ歯安定剤の使用は、入れ歯を支える骨の吸収が進んでしまうことがあり、入れ歯の安定を損なう可能性があります。
食事はやわらかいもの、小さなものから
最初はやわらかいものや、細かく刻んだものから食べるようにして、入れ歯に慣れていきましょう。問題なければ徐々に硬いものにチャレンジし、一口の量も増やしていきます。歯周の神経がないので、噛む練習が必要です。
具体的に、入れ歯が苦手とする食べ物も挙げておきます。
- ステーキやナッツ、キャンディーなど、噛む時に力がかかるもの。
- キャラメル、グミ、ガム、餅などの、粘りがあり、入れ歯にくっつくもの。
- ゴマなどの、細かくて入れ歯の隙間に入り込むもの。
硬いものは、小さく切ってやわらかくするか、水分を加えてふやかすようにしてください。粘着性がある食べ物は少量ずつ、細かくて小さな食材はすりつぶすか、練って食べると良いでしょう。調理を工夫することで、入れ歯が苦手とする食べ物も摂りやすくなります。
舌の動きに注意
舌の動きにも注意してください。舌は食べ物を咀嚼したり飲み込んだりする時に動きますが、舌の動きが強すぎると、入れ歯を押し上げてしまいます。舌の動きを意識してコントロールすることで、入れ歯が動いてしまうのを防ぐことができます。
上下の総入れ歯の噛み合わせ
上顎の総入れ歯は、上顎に入れ歯を吸盤のように吸い付かせて、頬の筋肉で押さえ込み、奥歯でしっかり噛むことで、入れ歯を安定させています。
下顎の総入れ歯は、下顎に入れ歯をはめ込んで、舌や頬の筋肉で支え、同じく奥歯で噛むことにより入れ歯を安定させます。ただ、下顎の骨は上顎よりも細くて小さく、入れ歯を支える面積が少ないため、上顎の総入れ歯よりも動きやすくなるので注意しましょう。
総入れ歯の噛み合わせは、安定した顎の位置の基本である中心位(ちゅうしんい)を基準にして決まります。中心位とは、お口を軽く閉じた状態で、顎の関節が最も自然な位置関係にあることです。
中心位と、上下の歯が噛み合う位置である中心咬合位(ちゅうしんこうごうい)が一致していると、全体の歯がほぼ同時に当たり、すべての歯に噛み合わせの力がバランス良くかかります。しかし、中心位と中心咬合位がずれていると、最初に当たる歯に顎全体の噛み合わせの力が集中してしまい、歯や歯茎の負担が大きくなります。
総入れ歯にした後、お口周りのストレッチを行ったり、総入れ歯を安定させるポイントに注意しているにもかかわらず、歯や歯茎に違和感を覚える場合は、速やかに歯科医院で検査するようにしてください。
総入れ歯を上手に、長く使うために
今回は、ご自身の歯の代わりになる総入れ歯についてお話ししました。お伝えしてきたように、材質や種類については、部分入れ歯とそれほど大きな違いはありません。しかし、総入れ歯の場合、日頃のお口周りの筋肉の使い方や、食材をどのように食べるかについては注意が必要です。
そして、違和感を感じた時はもちろん、定期的な調整のために、きちんと歯科医院に通うことは忘れないようにしましょう。もちろんポラリス歯科・矯正歯科は、患者さんの総入れ歯が安心して長く使えるように、しっかりとした処置と対応を行っておりますので、お気軽にご相談いただければと思います。